安定期に入って落ち着いていたはずなのに、妊娠後期になってまた吐き気や胸やけが戻ってきた。この後期つわりは、多くの場合妊娠28週前後から始まり、赤ちゃんが骨盤のほうへ下がる時期か、出産をきっかけに終わります。原因が初期つわりとは違い、ホルモンよりも「大きくなった子宮が胃を押し上げていること」が主役になるためです。
ただし、後期つわりによく似ていて、放置してはいけない症状もあります。みぞおちの痛み、ずきずきと続く頭痛、目のかすみをともなう吐き気は、後期つわりではなく妊娠高血圧腎症やHELLP症候群のサインであることがあります。この記事では、いつまで続くのかの目安と、そのまま様子を見てよい症状・すぐ連絡すべき症状の線引きをまとめます。
東京慈恵会医科大学医学部卒業。現在は板橋中央総合病院の産婦人科医長として、妊婦健診や分娩管理、新生児対応をはじめ、切迫流産・早産の管理などにも従事。婦人科領域では、子宮筋腫・卵巣嚢腫・子宮内膜症・骨盤内感染症などの良性疾患から、子宮癌・卵巣癌に対する手術および化学療法(抗がん剤治療)まで幅広く対応。さらに、PMS(月経前症候群)や更年期障害など、ホルモンバランスに関連する女性特有の不調についても積極的に診療している。日本産科婦人科学会専門医として、日々多くの女性の健康課題に向き合い、臨床の第一線で診療を続けている。
目次
後期つわりが始まるのは妊娠28週前後、終わるのは赤ちゃんが下がったころ
後期つわりは医学的な病名ではなく、妊娠後期に吐き気や胸やけがぶり返す状態を指す呼び方です。そのため「何週から何週まで」と決まった定義はありませんが、実際の相談で多いのは妊娠28週から32週ごろに始まるケースです。
始まる時期の目安は子宮が胃に届く大きさになったころ
妊娠中期の終わりごろから、子宮の一番上(子宮底)はおへその上まで届きます。妊娠後期に入ると子宮底はみぞおちの近くまで上がり、胃を下から押し上げるようになります。この物理的な変化が起きる時期と、後期つわりを感じ始める時期はほぼ重なります。
体格や赤ちゃんの向き、初産か経産かによって子宮の上がり方は変わるため、26週ごろから感じる方もいれば、34週を過ぎて急に来る方もいます。「何週から」という一般論よりも、おなかが前に大きくせり出してきた時期と重なっているかどうかで考えるほうが実態に合います。
終わるきっかけは出産か児頭の下降
後期つわりが軽くなるタイミングは大きく2つあります。ひとつは出産です。子宮が急激に小さくなり、胃への圧迫がなくなるため、産後は数日でうそのように食べられるようになる方が多くいます。
もうひとつが、出産前に訪れることのある児頭の下降です。赤ちゃんの頭が骨盤の中へ下がると、みぞおち側の圧迫がゆるみ、胃もたれや息苦しさが先に楽になります。初産の方では出産の2〜4週間ほど前に起こることがあり、経産の方では陣痛が始まってから下がることも珍しくありません。「胃は楽になったのに、今度はトイレが近くなった」という変化は、この下降が起きたサインとして知られています。
※下降が起こる時期には大きな個人差があり、下がらないまま出産を迎えることもあります。楽にならないからといって異常というわけではありません
初期つわりとの違いはホルモンではなく胃の圧迫が主役という点
同じ吐き気でも、初期つわりと後期つわりは起きている理由が違います。ここを取り違えると、初期に効いた対処法をそのまま続けて空回りすることになります。
| 初期つわり | 後期つわり | |
|---|---|---|
| 時期 | 妊娠5〜6週ごろから16週ごろまで | 妊娠28週前後から出産まで |
| 主な原因 | hCGなどホルモンの急激な変化 | 大きくなった子宮による胃の圧迫 |
| 出やすい症状 | 吐き気、においに敏感になる、唾液が増える | 胸やけ、げっぷ、少し食べると満腹、動悸や息切れ |
| 空腹との関係 | 空腹で悪化しやすい | 食べた直後に悪化しやすい |
| 効きやすい工夫 | においを避ける、冷やして食べる | 1回量を減らす、食後に上体を起こす |
初期つわりは空腹で気持ち悪くなるため「何か口に入れると楽になる」ことが多いのに対し、後期つわりは食べた直後がいちばんつらくなります。同じ「つわり」でも、対処の方向が逆になる場面があるということです。
後期つわりで多い症状は吐き気だけではなく胸やけと息苦しさ
後期つわりというと吐き気が代表格ですが、実際の訴えはもう少し幅があります。次のような症状が重なって出るのが典型です。
- 胸やけ、酸っぱいものが上がってくる感じ。胃の内容物が食道へ逆流して起こります
- 少し食べただけで満腹になる。胃が押しつぶされて容量が小さくなっているためです
- 食後の吐き気や嘔吐。夕食後から就寝前にかけて強くなりやすい傾向があります
- げっぷ、みぞおちの張り
- 動悸や息切れ。横隔膜が押し上げられ、肺がふくらみにくくなることが関係します
- 便秘。腸の動きが落ち、さらに子宮に圧迫されることで悪化します
- 夜間に横になると悪化して眠れない
妊娠中の吐き気と嘔吐は妊婦の多くが経験する症状で、英国のNHSは妊娠中の吐き気について「多くは妊娠16〜20週までに軽快するが、それより長く続く人もいる」と説明しています。後期になって再びつらくなること自体は、めずらしい経過ではありません。
後期つわりが起こる3つの原因
原因1は大きくなった子宮が胃を押し上げること
最大の原因がこれです。子宮が胃を下から押すことで、胃に入る量そのものが減ります。さらに、胃と食道のつなぎ目が押し上げられて閉まりが悪くなり、胃酸が食道へ戻りやすくなります。胸やけと吐き気が同時に来るのはこのためです。
原因2はプロゲステロンによる胃腸の動きの低下
妊娠を維持するホルモンであるプロゲステロンには、平滑筋をゆるめる働きがあります。子宮の収縮を抑える一方で、胃腸の筋肉や食道の弁もゆるめてしまうため、胃の中身が長くとどまり、逆流も起こりやすくなります。物理的な圧迫にこの作用が重なることで、症状が強く出ます。
原因3は睡眠不足と疲労の蓄積
妊娠後期は、おなかの重さ、頻尿、こむら返りなどで睡眠が細切れになりがちです。休めていない状態が続くと吐き気は強く感じられます。原因というより症状を増幅させる要素ですが、後述する寝る姿勢の工夫がここに効いてきます。
後期つわりを軽くする過ごし方は分食と上体を起こすこと
原因が「胃が押されて容量が減り、中身が逆流する」ことなので、対策も、一度に入れる量を減らすことと、逆流させない姿勢を作ることの2本柱になります。
1回の量を減らして回数を増やす
3食にこだわらず、1日5〜6回に分けます。1回分は「小さめの茶碗1杯くらい」を目安にすると、胃の容量に収まりやすくなります。体重の増え方を気にして食事を我慢するより、少量をこまめに入れるほうが吐き気は落ち着きます。
食後すぐ横にならず、寝るときは上体を高くする
食後2時間ほどは、座るか、クッションに寄りかかって上体を起こしておきます。就寝時も、背中から頭にかけてを枕やクッションで少し高くすると、胃酸が上がってきにくくなります。左を下にした横向きも、胃の出口の位置の関係で楽に感じる方が多い姿勢です。
胃にとどまりにくいものを選ぶ
| 楽に食べやすいもの | つらくなりやすいもの |
|---|---|
| おかゆ、うどん、そうめん、豆腐、白身魚、卵料理、じゃがいも、バナナ | 揚げ物、脂身の多い肉、生クリーム、こってりしたラーメン |
| 冷ましたごはん、おにぎり、ゼリー、ヨーグルト | 唐辛子や香辛料の強い料理、酸味の強い柑橘やトマト加工品 |
| 常温か少し冷たい飲み物を少しずつ | 炭酸飲料、濃いコーヒーや紅茶、極端に熱いものと冷たいもの |
脂質は胃にとどまる時間が長いため、後期つわりでは特に響きます。食べられないものを無理に食べる必要はありませんが、脂っこいものを1品減らすだけでも夜の胸やけは変わります。
水分は食事と時間をずらして取る
食事中に大量に飲むと、それだけで胃がいっぱいになります。水分は食事の合間に、コップ半分ほどをこまめに取るようにします。夏場や嘔吐が続くときは、水だけでなく塩分と糖分を含むものを混ぜたほうが体に残ります。
おなかを締めつけない服装にする
ウエストにゴムの入ったものや、腹帯をきつく巻くことは、それ自体が腹圧を上げて逆流の引き金になります。締めつけの少ないものに替えるだけで胸やけが減る方もいます。
後期つわりの薬は自己判断で市販薬を使わず主治医に相談する
工夫をしても眠れない、食べられないというときは、我慢を続ける必要はありません。妊娠中でも使える胃薬や吐き気止めはあり、健診で相談すれば処方を検討してもらえます。胸やけが中心であれば胃酸を抑える薬、吐き気が中心であれば別の薬が選ばれるなど、症状によって使い分けられます。
気をつけたいのは市販の胃薬です。妊娠中の使用について確認が必要な成分が含まれていることがあるため、ドラッグストアで自己判断で選ばず、必ず妊娠中であることを伝えて薬剤師か主治医に確認してください。鉄剤を飲み始めてから吐き気が強くなった場合は、鉄剤そのものが原因のこともあります。飲む時間帯や種類の変更で改善することがあるため、これも自己判断で中断せず相談するのが確実です。
後期つわりと紛らわしい、すぐ連絡すべき症状
ここがこの記事でいちばん伝えたい部分です。妊娠後期の吐き気には、後期つわりではない病気が隠れていることがあります。とくに妊娠高血圧腎症とその重症型であるHELLP症候群は、初期症状が「みぞおちの痛み」と「吐き気」で、後期つわりと見分けがつきにくいという特徴があります。
| 様子を見てよい後期つわり | その日のうちに連絡すべき症状 |
|---|---|
| 食後に胸やけや吐き気が出るが、時間がたつと落ち着く | みぞおちや右上腹部の痛みが続き、姿勢を変えても和らがない |
| 少量ずつなら食事も水分も取れている | 1日じゅう水分も取れず、尿の量がはっきり減った |
| 体重が減っていない | 数日で体重が減った、または急に顔や手がむくんできた |
| 頭痛や視覚の異常がない | ずきずきする頭痛、目がちかちかする、視界がかすむ |
| おなかの張りは休むと落ち着く | おなかが板のように硬い、出血がある、赤ちゃんの動きが減った |
右側の症状にひとつでも当てはまるときは、次の健診まで待たずに、かかりつけの産科へ連絡してください。とくに「頭痛と目のかすみ」「みぞおちの痛み」の組み合わせは、血圧が上がっているサインのことがあります。
また、吐き気で水分がまったく取れない状態が続く場合は、脱水から妊娠悪阻に近い状態になることがあります。NHSも、水分を24時間取れない場合や、体重が減っている場合は受診が必要としています。点滴で改善することが多いため、早めに相談したほうが回復も早くなります。
後期つわりで眠れない夜の寝る工夫
後期つわりがいちばんつらいのは夜です。横になると逆流しやすくなるうえ、おなかの重さ、頻尿、こむら返りが重なって眠りが細切れになります。眠れないと翌日の吐き気も強く感じられるため、ここを改善すると全体が変わります。
- 上体を15度ほど起こして寝る。枕を重ねるより、背中の下からクッションを入れて上半身全体を斜めにするほうが、首が痛くなりません
- 左を下にした横向きにする。胃の出口の位置の関係で、逆流しにくくなります。抱き枕を使うと姿勢が保てます
- 夕食を就寝の3時間前までに済ませる。難しい場合は、夕食を軽くして寝る前に少し足す形にします
- 寝る前の水分は少量にする。頻尿で起きる回数が減ります。ただし日中はしっかり取ります
- 寝室を涼しくする。妊娠後期は暑さを感じやすく、それだけで寝つきが悪くなります
それでも眠れない日が続く場合は、健診で相談してください。胃酸を抑える薬で夜間の症状が軽くなることがあります。眠れないことを「妊娠中だから仕方ない」で終わらせる必要はありません。
仕事を続けながら後期つわりを乗り切る
妊娠後期は産休に入る前の時期と重なるため、働きながら後期つわりに向き合う方が多くいます。
- デスクに小分けの食べ物を置く。昼食を1回でとるより、少量を数回に分けるほうが楽です
- 食後すぐに前かがみの作業をしない。腹圧が上がって逆流します。書類仕事は食前に寄せます
- 締めつけない服装にする。ウエストの締めつけは、それだけで胸やけの引き金になります
- 通勤時間をずらす。満員電車での圧迫と暑さは症状を悪化させます
勤務時間の調整が必要な場合は、母性健康管理指導事項連絡カードという書式があります。医師が記入したものを職場に提出すると、時差通勤、勤務時間の短縮、休憩の追加といった措置を求められます。後期つわりもこの対象です。健診のときに「仕事がつらい」と伝えれば記入してもらえます。
後期つわりについてよくある質問
後期つわりは何割の人になりますか
後期つわりは正式な診断名ではないため、はっきりした割合の統計はありません。ただ、その中身である妊娠後期の胸やけや逆流の症状は、妊娠中に非常に多く経験される症状として知られています。「自分だけがおかしいのでは」と考える必要はありません。
後期つわりは何週目から始まりますか
相談として多いのは妊娠28週から32週ごろです。ただし子宮の大きさと胃の位置関係で決まるため、26週ごろから感じる方も、34週を過ぎてから始まる方もいます。
後期つわりが急に来たのですが異常ですか
おなかが大きくなる速さには波があるため、ある週から急に胃もたれが出ることはよくあります。ただし、頭痛や目のかすみ、みぞおちの痛みをともなう場合や、赤ちゃんの動きが減っている場合は別の原因を考える必要があります。
妊娠後期の吐き気が夜だけひどいのはなぜですか
夕食の量が1日でいちばん多くなりやすいことと、横になる姿勢が逆流を起こしやすいことが重なるためです。夕食を早めの時間に軽くとり、寝る前に上体を高くしておくと変わることがあります。
後期つわりで体重が増えないのは赤ちゃんに影響しますか
この時期は赤ちゃんが大きくなる時期なので、健診で赤ちゃんの推定体重と羊水量を見てもらうのがいちばん確実です。増えないだけでなく減っている場合や、水分も取れていない場合は、待たずに相談してください。
まとめ
後期つわりは妊娠28週前後に始まり、赤ちゃんが下がるか出産することで終わります。原因はホルモンよりも子宮による胃の圧迫なので、1回の食事量を減らし、食後と就寝時に上体を起こすことが、いちばん素直に効く対処です。
そのうえで、みぞおちの痛み、ずきずきする頭痛、目のかすみ、急なむくみ、赤ちゃんの動きの減少がある場合は、後期つわりとして片づけずに産科へ連絡してください。つらさを我慢する期間ではなく、相談してよい症状です。
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参考文献
- NHS「Vomiting and morning sickness」
- NHS「Severe vomiting in pregnancy」
- MSDマニュアル家庭版「妊娠悪阻」
